Subeatleoの自作ルーム
連載小説 静まりし二つの羽根 第25話
雨中の行進
イエムは長い回廊が崩れゆくのを呆然と見守っていた。
古代の神話が築いた数々の歴史を遡るがごとくイエムはそれを見送ったあと走った。
息をきらしながらつぎの回廊へようやくたどり着くと壁の老婆が笑顔で言った。
あんた桜時計の丘で待ち合わせをしてたね。
いや、僕は桜時計の丘なんて場所は知らないし、待ち合わせってそもそも誰とかわからない。
老婆は壁を指差した。
あんたの進んだ分のレコードだよ、ほら砂が巻かれてるだろ。
そこにはわけのわからない刻まれた名前と分と秒が書いてあった。
怖いね、竜巻が起こされるかもしれないよ。
竜巻?
ストリートでの実践経験がそのまま自然数に反映するとは限らない。
心拍にすれば何分一かの血量はそれで決まる。
どこかから声が聞こえた。
バスケにはゾーンディフェンスってのがあるわ。
ゾーンで組織的に動いたら。
ドリブルで、これが二度目だとしたら?
ゾーンか。
バスケか。
でもミラクルパスみたいなのがあるのだろ?
そんなのあったかしら。
壁の老婆は笑った。おかしいねあんたの言う桜ってのは何なのさ?墓の事なのかい
ココアの入ったカップをスプーンで老婆は三回叩いた。
イエムは言った。僕は嘘はつかない、真実とはねじ曲がる時もある。
あんたが作ろうとした時限ていうのはカウントダウンの事なのかい?
いや単なる季節で切り替わる写し画だよ。
もともと僕等の中には遺伝情報が刻まれていてそれにもとづいて脈は動いてる。
そうタンバリンかな?
あら、タンバリンみたいな音した?
いやしない。
リズムが時刻だって言うのかい?
時の経過っていうのは間隔で起きると僕は信じてる。
ココアが入った音ね。
あの轟音が?
轟音ってなに?
トドロク音。
トドロク?
ふるえるように響き渡るってことだよ。
レクはココアを、無心に飲み込んだ時
自分の息遣いが緩くなるのがわかった。
レクは迷いながら言った。
自由。
自由?
ただそれだけ?
他に何か?
なんか責任ない人みたい。
レクは遊びつかれたような目で言った。
自由を背負う責任はある。
桜の樹みたことある?
あるよ。
ほんとに?
ないと思った?
魚は泳いでた?
わからない,なんのことか。
レクは言った。
僕は今自由かもしれない。
静かに夜がふけていき。
人の体感というものはデジタルじゃない。
レコードがゆっくり周りだし。
間隔があるのは回転体が規則正しくそこを曲がるからだよ坊や。
レクは言った。
湿度が増してきた。
蒸し暑い空気が漂ってきた。
体感が時間ではないのは人のリズムが常に一定でない事。
ただ全体を全体が回してるにすぎないとイエムは気づいた。
その間隔自体も地軸のずれや太陽系、銀河系の慣性航行にも似た啓蒙さがあった。
答えはでなかった。
部屋に戻るとレクの部屋の水槽のなかの水中花がいつもよりも
輝きをましていた。
僕達は今、時という道に確かに一歩踏み出したとイエムは感じていた。