Subeatleoの自作ルーム

連載小説 静まりし二つの羽根3 第12話

 

第13話 漆黒の艶にゆれる記憶

「私、今日で引退したの」
舞台裏の幕からゆっくりと出てきた女性はそうイエムに呟いた。
これまでの華やかな芸能活動、第一線で活躍してきた女性の
最後はあっけなく、ざわめきと興奮の余韻を残して
幕を閉じた。
イエムは視線をそらしながらすこし困惑した表情をみせた。
天に目をよせると、天頂からゆっくりとカミノケ座が下るところだった。
彼女は漆黒の髪を揺らしながら額の汗をハンカチで拭った。
イエムは聞いた。
「これからどうするの?」
彼女はそのあっけない質問にさりげなく答えた。
「まだ決めてない」
しばらく時が過ぎた。
二人を舞台の反射のビロードが覆ってちかちかしている。
もうこれを逃したら一生彼女と触れ合う事も話を寄せる事もできない
かもしれない。
だがイエムは決断できなかった。
元来のコミュニケーション不足と恥ずかしがりやな性格が
一歩前に進むことを拒んでいた。
「貴方、勉強はできそうね」
そして時間が来たかと思うように
彼女は迎えのバスに乗り込み去っていった。
イエムはその余韻をひきづりながら
いつまでもぼっとしていた。
千載一遇のチャンスかもしれなかったというのに。
その日、イエムはブロードウエーを去る決意をした。
あっけなく彼の芸能活動も幕を閉じた。
慣性航行の歴史はその方向を平行線に推移させる事により
日々の行動を習慣化させいわば惰性で活動をスムーズに行えるように
プログラミングされているという。
ゆえに転機は突然訪れるのだろう。



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