第三話へ

「イエムの町 フォレストビロー
 ルートを探れ」

イエムは今日も元気だ。
「お母さん行ってきます!」
定刻通りに家を出ると学校に向かった。
すると年老いた老婆がコンクリートの塀の隙間に
腰を下ろしすわっている。
イエムが通りかかると老婆は口を開いた。
「あんた!また峠だね。」
イエムはびっくりして振り返るとその声の元が
老婆であることに気づいた。
その風格、生業にしては妙に透き通った明るい声だ。
「おばあさん、どうしたの?道に迷ったの?」
老婆はしばらくして
「道?ああ、その二個目の角を曲がった
はすの家が私のなんだけどね~。」
イエムは時刻を眺めた。
まだ少し余裕がある。
「あんたもう戻れないよ。」
老婆は低い声で言った。
イエムは不思議に思った。
戻れないって。
「僕は毎朝この森を越して家と学校の往復さ
家には必ず戻っているよ。」
老婆は目を大きくあけると
「ここは桜時計の森、木立の間で鳥が歌っているだろ
よく耳を澄ましてごらん。」
鳥は正確に同じ間隔でさえずっていた。
「あんたは必ず、川を渡る事になる。
その時、ここの森に時間を合わせな」
俺はいつか、時間と時間を飛び越えることになるのか
帰れないって。
「あんたには、どちらかを
決意しなきゃいけない時が必ず来る。
それは生けるものと黄泉をいくものの長き葛藤。」
あそうだまだ時間があるから向かいの
ベーカリーでパンを買って行こう。
イエムは昼食の事をすっかり忘れていた。
おばあさんに手を振るとイエムは歩き出した。
十字路をまっすぐ渡って町の中心に
イエムはたどり着いた。
そこでは機械仕掛けの怪しいカジノや
菊の花を売る花屋、電車の駅、そして電線の修理屋
そして広告にWと三回書いた広告屋と
ヘリコプターの基地などが並んでいる。
イエムはベーカリーでソーセージロールと
ホットドックを買うと学校に向かった。
おばあさんの姿はそこにはなかった。
昼食の時間、牛乳瓶を、音を立ててイエムがあけると
一人の友達がイエムに言った。
「またまた大失態」
イエムは何の事かわからなかったが
牛乳のラベルについた牛乳のしずくがイエムの
ズボンにちょっと落ちていた。
午後の英語の時間になり先生が声を高らかに言った。
「It’s no use crying spilt milk!
放課後、校庭を出てイエムは再び桜の森に近づいた。
すると今まで曇っていた空から雨のしずくが
1粒、2粒、落ちてきた。
鞄にしまってあった折り畳み傘を広げた。
視線を前に向けると朝の老婆がまだ壁と
壁の間でうずくまっていた。
イエムは少し悩むと
「おばあさん、雨が降ってきたよ
一緒に帰ろう。」
イエムは傘を差しだした。 老婆を家に送り届け
イエムは帰宅した。
イエムの母親が
「ダイスなんか振った目が出りゃ世話ないね。」
大根を煮詰めながら母親はぶつぶつ言っていた。
瞳の回廊 わが道に灯りをともす者。
イエムが傘を差しだした瞬間
回廊の走馬灯に一つ炎がやどった。
イエムが畑の近くの家の裏の路地を行く
とこの前の子供が窓を開けイエムに語り掛けた。
「おじちゃん、見て、見て、このグラブ!」
少年は赤く大きく3と刺繍された茶色のグラブを
持っていた。
イエムは言った。
「なんだ、お父さん帰ったのか!」
少年は言った。
「うん、今日の昼に帰ってきたの。」
イエムが老婆を送った2時間ほど前だ。
「良かったな!がんばってそれで球をつかんじゃえ」
少年は言った。
「ありがとね!おにいちゃん。エイ!」